舞台から飛び降りる

PEOPLE

僕はある日、アメリカの空港にいた。

マッカラン国際空港。

アメリカのネバダ州、眠らない街で有名なラスベガスの最寄り空港だ。

人生で初めて国際線旅客機に乗り、ひとりでアメリカへ。
英語もろくに話せない若造は、多種多様な人種が列をなしている入国審査を緊張しながらパスして、進んだ先には煌びやかなネオンサインで「WELCOM TO LAS VEGAS」と書いてあった。
空港内の時計には「ROLEX」という金色の文字が視認でき、空港内の照明の光を反射していた。
そして、当たり前のようにスロットマシンが軒を連ねている。

そんな眠らない街にきた目的は、一つしか無かった。

「ちょっとアメリカに行ってくる」

突然、そう言い出したのは、二十四歳の時。
あまりにも突然で、両親もとても驚いたと話していた。

当時の僕は、前職のスターバックスでマネージャーに昇進したばかりだった。
仕事も充実していたけれど、一方で自己表現したいという気持ちも深く抱いたままだった。

自己表現といえば、十七歳からダンスに明け暮れ、並行してタレント養成学校ならぬ、舞台上の演者を育成するプログラムにも参加し、演技や歌唱のトレーニングをしていた。

十代後半から二十代前半の生活は、昼間はバイトして、夜はダンスの練習にいく。
バイトとダンスの練習の合間には、発声練習や舞台台詞の暗記・表情の作り方などを、自室にあった鏡の前でもう一人の自分と練習していた。
誰もいない海辺で発声練習をしたこともあったし、何秒で涙を流せるかという練習もしていた。
僕は器用にできないタイプだったけど、中には20秒くらいあればポロッと涙を流せる女性もいた。

週末にはそのプログラムの合同講習に参加して、舞台の上の世界で活躍したいと願う同世代の人間と切磋琢磨していた。

右手には、舞台芸術の世界への憧れを抱き、左手には、スターバックスのマネージャーに昇進したという現実の姿があった。

演者で在りたいという気持ちもあったし、演者が輝く舞台を作り上げる世界にも興味が向いていた。
後者の興味は、スターバックスのマネージャーに就く過程で見聞が広がり、俯瞰的距離で事象を捉え始めたことを示していた。

観劇に行けば、舞台全体や劇場全体の作りや仕組みについて、細部まで目を見張るようになり、自分の席に着いても落ち着くことなく上下左右をいつも見渡していた。
「大きな照明はあの位置についているのか」とか「この劇場の舞台は奥行きがけっこうあるんだな」とか。

興味の階段を登っていくと、世界にはどんなすごい舞台装置があるんだろう、という疑問にたどり着く。

そして、そんな疑問を丸ごと飲み込んでしまうような眩しい場所が世界にはあった。

つづく。

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